Shining-Stones:いしくれブログ

愉快な驚き、癒しの世界

未分類

我武者羅に生きるよりも、無我夢中でありたい。

投稿日:

僕は少年の頃から誰かと比べ劣っている自分を責めて葛藤を抱えていた。

両親は習字の塾やそろばん塾、家庭教師などの習い事をさせてくれた。

というよりも、本当の自分の意思に反してやっていたのだと思う。

親を安心させるためだったり、よく思われたかったりしたのだろう。

なによりも人と比べられる恐怖心が数字にトラウマを抱える原因になった。

今では人前で算数をする事はなくなったが、会社員時代は簡単な計算ができなくて苦労した。

そんな自分でも少年サッカーのリフティング大会でトロフィーをもらった記憶がある。

リフティングは僕がゆういつ結果を出せた競技だった。それは素直にボールを蹴る事が好きだから優勝できたりしたのだろう。

それから今に至るまで、僕はリフティングをできるだけ毎日、続けている。

リフティングを何のためにやっているのか?と、自問していた時期が長くあった。

たぶん、少年時代に失ってしまった自信というものをとりもどすためだろう。

本格的にフリースタイルフットボールに興味を持ったのは2014年頃だったと思う。そ

れから7年、楽しくなんて感じなかったことが多かったけどとにかく我武者羅に続けてきた。

自信を取り戻すために、しかし、自信なんてものは遠ざかっていくばかり。

我武者羅に頑張っても、上手くならなかったので何度も挫けそうになった。

だからとにかく意識せず、無我夢中で音楽を聴きながらやる事にした。

我武者羅とは、一つの目的に向かって夢中で取り組むさま。

無我夢中とは、心をうばわれ無意識的にただひたすら行動するさま。

目的を持って我武者羅に取り組む事も素晴らしい事だけど、それが重荷になる事もある。

目的を持つという事は結果にフォーカスしなければならないから。

結果とは競争意識に近いものがある。ある種、自分との闘いだ。

そうではなく、単純に楽しいと思える領域までに落とし込んでいきたい。

目的地にたどり着くための効率を求めるより、心のまま情動に任せて生きていたい。

-未分類

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

関連記事

秋想

遠い秋の記憶。 はやく秋が来ないかな。

情報の受け取りかた。

いまは情報で溢れかえった社会だ。情報を自分でとりにいかなくても自動的に入ってくる時代になった。AIがその人の趣味趣向を理解し、スクリーンを通じ”おすすめ”として与えられる。 そ …

みんな何かに気づき始めた。

今日は山奥にある人気のいない場所で心を落ち着かせていた。1人きりの誕生日、 せてめ自然に触れようと、車を走らせていました。 それはさておき、 いま、多くの人々が、世界は何かに支配されているということに …

心配のタネ

今日は母親に誕生日プレゼントを買い、岐阜県は養老ミートまで車を走らせた。 飛騨牛を買って実家へ帰ったら、母親の皮膚病の具合がわるいという知らせ。 母は週いちペースで病院へ行くことになり、心配と不安のタ …

市役所という場所

今日は市役所で必要な手続きの準備をしてきた。市役所にはさまざまな手続きをする場所があり生活に役立つ情報を与えてくれる。 僕が住民として属する地域の市役所は対応が良く、様々な制度を受けられる。しかし、社 …