自分という存在とは何か?全体の中のひとつか?ひとつの個としての存在するのか?
僕から自分はという自我、自分対他人の境界が消えたとき、本質に気づけるだろう。
今は古くからの情報を親から押しつけられる。「そうじゃない、あなたはそうなんだからだめなのだ」遠回しに言われてしまう。
仲の悪い老夫婦と同じ環境にいると、どおしてもテレビからの情報は避けられない。
距離を置かなければ、でもなぜ、ずっと親のモラハラに近づいてしまうのだろう。
自分が嫌いになる。自分とはいったいなんだろう?なんて、考えるだけ無駄かも知れない。
あるがままの存在としてエネルギーを使って行けば良いのだ。
中心でいられるよう軸を持って、そして希望を持って、生きるしかない。