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DNA(遺伝子)だけが知っている人間の行く末。

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一部のメディアで枠珍の義務化が叫ばれるなか、私たちは2つの選択を迫られている。

生身の人間であるか、新たなサイボーグとして生まれ変わるのか。

これは今、人気のアニメ、鬼滅の刃で人間vs鬼としても描かれている。

人として与えられた生命をまっとうするか?人を捨て鬼となり新たな目的のために生きるか?

なぜ?多くの人が作中に登場するキャラクターに心動かされ、惹かれたのか?

人であることを貫いたあるシーンに感情を揺さぶられたのか?

それは、人間のDNAに刻まれた生存本能が共鳴したから。

あるいは、

敗者の美学、昭和の生き方が日本人に刷り込まれているから。

どちらにせよ、もし、枠珍によって人間のDNAコードが書き換え可能になったら…

古いものは破壊され、新しい種は希望となり得るだろうか?

今の段階では、枠珍によって人間のDNAに含まれる情報や記録は破壊されると言われている。それを希望と呼ぶにはほど遠いだろう。

一度、DNAが変化してしまったら、その人は永遠に一生、その変化とともに生きる。

人間が人間でなくなる技術を普及させたい人がいる。彼らはテレビ、新聞、PC、スマホを通じて私たちに人間であることをやめさせ、新たな道を推奨する。

人が機械と融合して生きられるよう、準備を進めている。その実験の犠牲者になる覚悟はある?抗うのか、受け入れるのか…

それは自由。

私はあえて受け入れよう。なぜなら、国は小さく、民は少ないほうが、くだらぬ争いや制限は減ると思うから。

人類は試されている。この世に同時は存在しない。枠珍を打つか、打たないかを決めるのは個々の自由。だが、

人間に与えられた「選択の自由」が奪われるのだけは阻止したい。

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